船橋御殿跡東照宮|徳川家康公ゆかりの史跡「日本一小さい東照宮」

船橋御殿跡東照宮(千葉県船橋市)日本一小さい東照宮徳川家康公関連

船橋御殿跡東照宮は、千葉県船橋市本町4丁目29-7にある船橋御殿の跡地に建つ東照宮です。

船橋御殿は徳川家康公によって、鷹狩や領内視察などの宿泊や休憩所として慶長19年(1614)頃に建てられたと推定されています。

その跡地に建つ船橋御殿跡東照宮は「日本一小さい東照宮」だそうです。

はじめに(船橋御殿・船橋御殿東照宮とは)

船橋市教育委員会の設置する看板には、以下の通り書かれております。

市指定文化財(史跡)
船橋御殿跡と東照宮
一九六五年(昭和四〇)三月十七日指定

徳川家康は狩猟を好み、各地に狩猟用の「お茶屋」又は「御殿」とよばれる休憩所や宿泊所を建てさせた。慶長十九年(一六一四)家康は上総土気、東金で狩猟を行ったが、船橋御殿の建造もその頃であろうと推定される。家康は元和元年(一六一五)十一月ここに宿泊した。家康の宿泊はこの一回だけであったが、秀忠はその後狩猟のたびに立ち寄ったと考えられる。将軍家の東金狩猟が寛永七年(一六三〇)頃に終止した後も船橋御殿は存続していたが、寛文末年頃(一六七〇年代)に廃止となったようである。船橋御殿の面積は約四〇四アールで、海老川西側の土手に囲まれた地域であった。その後、この地は大神宮宮司の富氏に与えられ、開墾されて畑地となった。
東照宮は富氏が建立したもので、この場所が御殿の中心であった場所であると伝えられている。

一九九二年三月
船橋市教育委員会

つまり、ここも徳川家康公ゆかりの史跡だという事ですが、どちらかというと家康公より二代将軍・徳川秀忠ゆかりの地といった方がしっくりくる印象です。

順路

最寄駅のJR総武線「船橋駅」南口、または京成電鉄京成本線「京成船橋駅」東側から、徒歩で目指します。

駅前から国道14号を進み、本町1丁目交差点を左折して国道296号を進みます。

国道296号を進み、本町4丁目交差点を左折します。

左折すると朱い鳥居が見えますので、直進します。

この朱い鳥居が目的地の船橋御殿跡東照宮……ではなく、鳥居前の丁字路を左折して直進します。

「日本一小さい東照宮」の看板が見えてきたら、もうすぐです。

この丁字路を右折します。

道の一番奥に鳥居が見えます。

船橋御殿跡東照宮に到着です。

船橋御殿跡東照宮入口

船橋御殿跡東照宮

船橋御殿跡東照宮入口(境内の木が印象的)

境内にそびえ立つ木が印象的な概観です。

入口の左側に、冒頭でご紹介した案内看板が設置されております。

船橋御殿跡東照宮境内

境内の概観です。

写真正面の石鳥居は船橋御殿跡東照宮の鳥居、写真右側の朱い鳥居は境内に併設される御殿稲荷の鳥居です。

船橋御殿跡東照宮の三猿

鳥居の間には可愛らしい三猿の姿が。

境内の奥から入口側を向くと、こんな感じです。

鳥居の裏側を見て回ったところ、船橋御殿跡東照宮と御殿稲荷の鳥居は全て平成18年3月吉日に建てられた物となっておりました。

写真左側に見えるのは手水舎です。

ちなみに、この手水舎は水を出して利用できない状態になっておりました(蛇口のハンドルが取り外されていて水を出せない)。

手水舎には「東照大権現家康公、徳川二代秀忠公に感謝します」と書かれた札がありました。

船橋御殿跡東照宮

こちらが、船橋御殿跡東照宮です。

船橋御殿跡東照宮(日本一小さい東照宮)

見たところ、瓦などに徳川を象徴する葵の御紋(三つ葉葵)は見つかりませんでした。

なお、船橋御殿跡東照宮の社殿は安政4年(1857)に再建され、昭和2年(1927)に修繕された物だそうです。

船橋御殿跡・東照宮

(中略)
同地は貞享年間(1684~88)に船橋大神宮神職の富氏に払い下げられ、それからしばらくし、富氏は御殿跡の中心部に家康を祀る東照宮を建立したと伝えられています。現在の東照宮の社殿は安政4年(1857)に再建され、昭和2年(1927)に修繕されたものです。

引用元:船橋御殿跡・東照宮 | 船橋市観光協会

船橋御殿跡東照宮の左側には石碑が建っております。

写真右側が『御殿稲荷新築記念碑』、左側が『御殿稲荷東照宮石垣修膳記念碑』です。

こちらが『御殿稲荷新築記念碑』です。

こちらが『御殿稲荷東照宮石垣修膳記念碑』です。

船橋御殿跡東照宮の右側(御殿稲荷との間)には、写真の石碑があります。

この史跡案内の石碑には以下の通り書かれております。

「船橋御殿跡東照宮」

一六一五年(元和元年)徳川家康は家来と共に上総土気、東金で狩猟を行った際ここに宿泊した。当時の面積は約四〇〇アール余(一二,〇〇〇坪余)で海老川西側の土手に囲まれた地であった。のちにこの地は船橋御殿と呼ばれることとなった。

引用:船橋御殿跡東照宮石碑

入口に設置されている案内看板と重複する内容です。

御殿稲荷

船橋御殿跡東照宮の右に建つ御殿稲荷です。

御殿稲荷(船橋御殿跡東照宮内)

全体的に落ち着いた色味の境内で、朱い鳥居が目を引きます。

鳥居を潜ると、左右にお稲荷様の石像が並び、奥に御殿稲荷が建っております。

御殿稲荷に関する由来などの案内はどこにも看板がなく、なぜ船橋御殿跡東照宮の境内に建立されたのか不明です。

よく、寺の境内に神社があるという事例については、江戸時代以前の神仏集合という信仰のあり方に対して明治新政府が神仏分離令を発して、神道の神社と仏教の寺を分離した事による場合などがあります。

しかし、東照宮は東照大権現(家康公の神号)を祀る神社であり、また御殿稲荷も神社でありますので、2つの神社が同じ境内に並び建つ由来には興味がありますが、現地では分かりませんでした。

残された謎

船橋御殿跡東照宮と御殿稲荷の間に案内の石碑がありますが、その石碑の後ろにあるこの石は一体何なのか、分かりませんでした。

見たところ、境内にある様々な石碑や石像等と比較して、最も古そうに見えますが詳細は一切分かりません。

さいごに

船橋御殿跡東照宮は「日本一小さい東照宮」という事で周辺に看板が出ていたり、またインターネットで検索すると出てきます。

しかし、筆者は別の場所で「日本一小さい東照宮」というキャッチフレーズを既に見た事があります。

鴻巣御殿跡|鴻巣御殿東照宮は家康公ゆかりの「日本一小さい東照宮」
鴻巣御殿跡は、埼玉県鴻巣市本町4丁目8-26にある鴻巣御殿の跡地です。 鴻巣御殿は徳川家康公によって、鷹狩や領内視察などの宿泊や休憩所として文禄2年(1593)に建てられました。 その跡地に建つ鴻巣御殿東照宮(御成町東照宮)は「日本一小さい東照宮」だそうです。

埼玉県鴻巣市本町4丁目8-26にある鴻巣御殿の跡地、鴻巣御殿東照宮(御成町東照宮)もまた「日本一小さい東照宮」というキャッチフレーズを掲げております。

確かに、どちらも小ささには自信がありそうですが、はたしてどちらが真の「日本一小さい東照宮」なのか、気が向いたら検討してみたいと思います。

案内情報

  • 名称:船橋御殿跡東照宮・御殿稲荷(船橋御殿跡 附 東照宮)
  • 住所:千葉県船橋市本町4丁目29-7
  • 交通:JR総武線・東武野田線(東武アーバンパークライン)「船橋駅」または京成本線「京成船橋駅」下車・徒歩約10分

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