徳川家康公ゆかりの地めぐり:浜松編|家康公ゆかりの地を1日で観光するモデルコース

浜松編徳川家康公ゆかりの地1日で楽しむモデルコース家康公ゆかりの地:浜松編

徳川家康公は元亀元年(1570年)に三河国・岡崎から本拠地を移して以降、天正14年(1586年)に本拠地を駿河国・駿府に移すまでの17年間、遠江国・浜松を本拠地としていました。

その間、つまり家康公29歳から45歳までの間には、家康公にとって大きな合戦や事件などが次々と訪れます。

  • 金ヶ崎の戦い(織田・徳川vs朝倉・浅井)
  • 姉川の戦い(織田・徳川vs朝倉・浅井)
  • 三方ヶ原の戦い(徳川・織田vs武田信玄)
  • 長篠の戦い(織田・徳川vs武田勝頼)
  • 正室築山殿殺害・嫡男信康切腹事件(織田信長の命による?)
  • 甲州征伐(武田家滅亡)
  • 本能寺の変(神君伊賀越え)
  • 天正壬午の乱(甲斐・信濃を巡り徳川vs北条)
  • 小牧・長久手の戦い(徳川・織田信雄vs羽柴秀吉)
  • 第一次上田合戦(徳川vs真田昌幸)
  • 豊臣秀吉への臣従(秀吉の傘下に加わる)

今回は、そんな浜松の家康公ゆかりの地を巡るツアープラン・モデルコースをご紹介いたします。

ツアープラン『浜松・徳川家康公ゆかりの地巡り』モデルコース

今回、関東在住の筆者はJR品川駅から東海道新幹線で浜松駅まで向かいました。

JR品川駅

6:40発 JR品川駅で東海道新幹線(こだま)に乗車して浜松へ出発

東海道新幹線・下り線(品川駅)

浜松の家康公ゆかりの地・スポットは浜松駅の周辺に集中しているので、日帰りで楽しむこともできます。

公共のバスを利用するのも良いですが、小回りの利くレンタサイクルを浜松駅前で借りるのがお勧めです。

浜松駅周辺の観光スポットは『家康の散歩道』に指定されている場所もあり、回りやすく整備されています。

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次の目的地までの所要時間:約1時間40分(東海道新幹線こだま)

JR浜松駅

8:20頃 JR浜松駅に到着

東海道新幹線・駅標『浜松駅』

筆者の場合、史跡巡りの旅行は「早朝に出発して夜遅くまで目一杯予定を詰め込む」欲張りコースを設定することが多いのですが、朝の8時にはまだレンタサイクル屋も開店していません。

そのため、まずは浜松駅から徒歩で行ける、一番近い観光スポットを目指すことにしました。

次の目的地までの所要時間:約15分(徒歩)

五社神社・諏訪神社

8:45頃 二代将軍・徳川秀忠の産土神を祀る五社神社・諏訪神社に到着

五社神社・諏訪神社|社殿と狛犬

JR浜松駅から徒歩約15分の位置にある五社神社・諏訪神社は、家康公の三男にして後の二代将軍・徳川秀忠ゆかりの神社です。

『家康の散歩道』では5番目のスポットですが、今回は先に向かいました。

五社神社は、戦国時代初期の曳馬城主・久野越中守が城内に創建したのに始まり、後に徳川家康公が三男・徳川秀忠の産土神としました。

諏訪神社は、奈良時代の征夷大将軍・坂上田村麻呂が東征の折に奉斎したのに始まり、こちらも後に家康公が秀忠の産土神としました。

両社は昭和37年(1962年)に法人格を一つにして、現在の五社神社・諏訪神社となりました。

五社神社・諏訪神社(静岡県浜松市)|二代将軍・徳川秀忠の産土神
五社神社・諏訪神社は、静岡県浜松市にある神社です。 五社神社は、戦国時代初期の曳馬城主・久野越中守が城内に創建したのに始まり、後に徳川家康公が三男・徳川秀忠の産土神としました。 諏訪神社は、奈良時代の征夷大将軍・坂上田村麻呂が東征の折に奉斎したのに始まり、こちらも後に家康公が秀忠の産土神としました。
『五社神社・諏訪神社』の基本情報
名称五社神社・諏訪神社
住所静岡県浜松市中区利町302-5
電話番号053-452-3001
アクセス徒歩
JR浜松駅より約15分遠鉄バス
教育文化会館バス停・伝馬町バス停下車
営業時間9:00~17:00(社務所)
料金など入場:無料
御朱印:500円
滞在時間15分間
関連サイト五社神社・諏訪神社

次の目的地までの所要時間:約15分(徒歩)

レンタサイクル『はままつペダル』

9:15頃 JR浜松駅北に徒歩約2分・遠州鉄道の高架下にある『The GATE HAMAMATSU』内のレンタサイクルで電動アシスト付き自転車をレンタル

レンタサイクル・はままつペダル概観

浜松駅周辺の観光スポットは自転車で回ると便利です。

特に、電動アシスト付き自転車がお勧めで、家康公の正室・築山殿(瀬名姫)ゆかりの地である『太刀洗の池』に向かう道はアップダウンがあるため、重宝します。

また、1日中ひたすら観光スポット巡りをすると後半の体力が厳しくなってくるので、そういう意味でもぜひ電動アシスト付き自転車をレンタルする事をお勧めします。

『はままつペダル』の基本情報
名称レンタサイクル はままつペダル
住所静岡県浜松市中区旭町37
電話番号080-3652-3196
アクセスJR浜松駅より徒歩で約2分
営業期間・時間令和3年3月31日をもって閉店
料金など電動アシスト付き自転車
4時間:900円(会員800円)
終日:1,300円(会員1,000円)
滞在時間15分間
関連サイトはままつペダル(令和3年3月31日をもって閉店)

※残念ながら『はままつペダル』は入居している『The GATE HAMAMATSU』の閉館に伴い、令和3年3月末をもって閉店となりました。

JR浜松駅周辺のレンタサイクルショップについては、以下の通りご案内されていますので紹介します。

店舗閉鎖のお知らせ(新着)

2021年3月31日を持ちまして、店舗閉鎖しました。ご利用ありがとうございました。
なお、レンタサイクルは、浜松駅周辺の別の場所や浜名湖周辺に移して再びご利用できるように準備しました。(2021年5月3日現在)

■クロスバイク・・・舞阪町観光協会(弁天島海浜公園)
電話 053-596-4187(貸出時間注意)

■ロードバイク・・・ミソノイサイクル(本店・有楽街店)※要事前予約
電話 053-454-7108(定休日:火曜日・水曜日)
※シティサイクルや電動アシスト自転車は、再配置準備中

引用元:はままつペダル

次の目的地までの所要時間:約5分(自転車)

本多忠勝屋敷推定地

9:35頃 レンタサイクルで本多忠勝屋敷推定地に到着

本多忠勝屋敷推定地(概観)

本多忠勝は、家康公の重臣の1人であり、後に「徳川四天王」の1人として称えられた武将です。

その活躍ぶりは「家康に過ぎたるものが二つあり、からかしらに本多平八」などと言われたほどです。

その忠勝が、家康公の浜松城時代に住んでいたと思われる屋敷の場所がここです。

現在は、1本の記念碑が建つのみですが、隣接する遠江分器稲荷神社と共に訪れることができますので、ぜひ立ち寄ってみてください。

本多忠勝屋敷推定地(静岡県浜松市)|徳川家康公を支えた徳川四天王最強の武将
本多忠勝屋敷推定地は、徳川家康公が岡崎城から浜松城に本拠地を移して以降、その家臣・本多忠勝の屋敷があったと思われる場所です。 現在の静岡県浜松市にあります。 忠勝はその生涯において、合戦では無傷だったと伝えられています。
『本多忠勝屋敷推定地』の基本情報
名称本多忠勝屋敷推定地
住所静岡県浜松市中区田町231-1
アクセスJR浜松駅より自転車で約5分
営業期間・時間年中無休
滞在時間5分間

次の目的地までの所要時間:約0分(隣接)

遠江分器稲荷神社

9:40頃 本多忠勝屋敷推定地の隣にある遠江分器稲荷神社に到着

遠江分器稲荷神社・社殿遠景

本多忠勝屋敷推定地の隣には、遠江分器稲荷神社があります。

こちらは一見すると、よく街中で見かける普通の神社なのですが、実は家康公ゆかりの神社です。

それどころか、征夷大将軍・坂上田村麻呂、同じく征夷大将軍・源頼朝とも縁のある神社ですので、まさに武家のパワースポットと言っても過言ではありません。

書き置きのものですが、御朱印もいただけます。

遠江分器稲荷神社(静岡県浜松市)|坂上田村麻呂・源頼朝・徳川家康公ゆかりの神社
遠江分器稲荷神社は静岡県浜松市にある神社です。 古くは征夷大将軍の坂上田村麻呂が東夷征伐の折に神馬を奉納し、源頼朝公が神馬と幣帛を奉納し、徳川家康公が松平忠頼に命じて修造したという由緒があります。 また、家康公を支えた徳川四天王の一人・本多忠勝の屋敷跡が隣にありました。
『遠江分器稲荷神社』の基本情報
名称遠江分器稲荷神社
住所静岡県浜松市中区田町232-5
アクセスJR浜松駅より自転車で約5分
営業期間・時間年中無休(社務所なし)
料金など無料
御朱印:300円
滞在時間10分間
関連サイト分器稲荷神社 - 静岡県神社庁

次の目的地までの所要時間:約5分(自転車)

徳川秀忠誕生の井戸

9:55頃 レンタサイクルで徳川秀忠誕生の井戸に到着

徳川秀忠誕生の井戸・入口

遠江分器稲荷神社から浜松八幡宮へ向かう途中に、徳川秀忠誕生の井戸があります。

秀忠が産まれた場所については確定しておらず、ここは候補地の1つという位置付けです。

ですが、浜松八幡宮へ向かう途中にあるため、大変立ち寄りやすいです。

徳川秀忠誕生の井戸(静岡県浜松市)|二代将軍・秀忠出生の地
徳川秀忠誕生の井戸は、静岡県浜松市にある秀忠の生誕地とされる場所です。 秀忠誕生の時に産湯として使われた井戸が、この辺りにあったそうです。 残念ながら現在は残っておらず、再現された井戸がある状態です。
『徳川秀忠誕生の井戸』の基本情報
名称徳川秀忠誕生の井戸
住所静岡県浜松市中区常盤町141-25
アクセスJR浜松駅より自転車で約6分
営業期間・時間年中無休
料金など無料
滞在時間5分間
関連サイト徳川秀忠(とくがわひでただ)公 誕生の井戸

次の目的地までの所要時間:約10分(自転車)

浜松八幡宮

10:10頃 家康公が「三方ヶ原の戦い」の敗走時に隠れた「雲立楠」が今も残る神社を参拝

浜松八幡宮・境内入口鳥居

浜松八幡宮は、仁徳天皇の御代(在位:仁徳天皇元年1月3日〜同87年1月16日・機械的な西暦換算によると西暦313年〜399年)に創建されました。

現在地には天慶元年(938年)に遷座し、永承6年(1051年)に「八幡太郎」の名で有名な源義家が八幡2柱を勧請したそうです。

その後、元亀元年(1570年)に家康公は浜松城に入城すると、この浜松八幡宮へ度々参拝に訪れました。

元亀3年(1573年)の「三方ヶ原の戦い」においては、武田信玄に惨敗して敗走する家康公が、浜松八幡宮の境内にある「雲立楠」の洞穴に身を潜め、追っ手から逃れました。

この雲立楠は浜松八幡宮の境内に現存しており、現在も見ることができます。

浜松八幡宮(静岡県浜松市)|敗走した徳川家康公が逃げ隠れた雲立楠
浜松八幡宮は静岡県浜松市にある神社です。 徳川家康公が「三方ヶ原の戦い」で武田信玄に惨敗し、敗走する際に逃げ隠れた雲立楠が現存しています。 また、浜松城の鬼門を護る神社でもあります。
『浜松八幡宮』の基本情報
名称浜松八幡宮
住所静岡県浜松市中区八幡町2
電話番号053-461-3429
アクセスJR浜松駅より自転車で約10分
営業期間・時間9:00~16:00(社務所)
料金など入場:無料
御朱印:500円
滞在時間35分間
関連サイト浜松八幡宮

次の目的地までの所要時間:約5分(自転車)

椿姫観音

10:50頃 家康公と一戦交えて討ち死にした女性・お田鶴の方を祀る社に到着

椿姫観音・正面近景

椿姫観音(つばきひめかんのん)は静岡県浜松市にある御堂です。

引間城(後の浜松城)城主・飯尾連竜の死後、その妻・お田鶴の方は城を守るために徳川家康公と一戦交え、そして討ち死にしました。

椿姫観音は、そのお田鶴の方を祀る御堂です。

家康公の正室・築山殿(瀬名姫)はその死を哀れに思い、塚の周囲に百株あまりの椿を植えてお田鶴の方の霊を祀ったことから、椿姫観音と呼ばれるようになったそうです。

椿姫観音(静岡県浜松市)|徳川家康公と一戦交えて討ち死にした女性
椿姫観音(つばきひめかんのん)は静岡県浜松市にある御堂です。 引間城(後の浜松城)城主・飯尾連竜の死後、その妻・お田鶴の方は城を守るために徳川家康公と一戦交え、そして討ち死にしました。 椿姫観音は、そのお田鶴の方を祀る御堂です。
『椿姫観音』の基本情報
名称椿姫観音
住所静岡県浜松市中区元浜町133
アクセスJR浜松駅より自転車で約9分
営業期間・時間年中無休
料金など入場:無料
滞在時間5分
関連サイト椿姫観音

次の目的地までの所要時間:約10分(自転車)

元城町東照宮

11:05頃 浜松城の前身・引間城跡に建てられた東照宮に到着

元城町東照宮・二公像|徳川家康公・豊臣秀吉公(日吉丸)像

元城町東照宮もとしろちょうとうしょうぐうは、戦国時代に引間城(曳馬城)があった地に、明治19年(1886年)に建立されました。

かつて、浜松城を本拠地とした徳川家康公を祀っています。

境内にはこの地にゆかりのある家康公と豊臣秀吉の銅像が並び立っており、まさに二大天下人の天下パワーをいただける浜松きってのパワースポットです。

また、境内に設置されている案内看板は、人気歴史学者・磯田道史先生が監修したものです。

元城町東照宮(静岡県浜松市)|徳川家康公と豊臣秀吉の銅像が並ぶ神社
元城町東照宮(もとしろちょうとうしょうぐう)は、静岡県浜松市にある神社です。 戦国時代に引間城(曳馬城)があった地に、明治19年(1886年)に建立されました。 かつて、浜松城を本拠地とした徳川家康公を祀っています。
『元城町東照宮』の基本情報
名称元城町東照宮
住所静岡県浜松市中区元城町111-2
アクセスJR浜松駅より自転車で約8分
営業期間・時間年中無休(社務所なし)
平均滞在時間20分間
関連サイト本城町東照宮

次の目的地までの所要時間:約5分(自転車)

浜松城

11:30頃 徳川家康公が17年間を過ごし、大きな飛躍を遂げた「出世城」に到着!

浜松城天守

浜松城は「家康公ゆかりの地巡り」に限らず、浜松観光における必須の観光スポットです。

元亀元年(1570年)、徳川家康公は岡崎城から本拠地を移して以降、天正14年(1586年)に本拠地を駿府城に移すまでの17年間に渡り、この浜松城を本拠地としていました。

家康公は29歳から45歳までの間に浜松城で過ごしましたが、この期間は有名な「金ヶ崎の戦い」「姉川の戦い」「三方ヶ原の戦い」「長篠の戦い」「正室築山殿殺害・嫡男信康切腹事件」「甲州征伐(武田家滅亡)」「本能寺の変(神君伊賀越え)」「天正壬午の乱」「小牧・長久手の戦い」「第一次上田合戦」「豊臣秀吉への臣従」といった出来事が起こった時期です。

まさに、戦国大名としての家康公を象徴する城だと言えましょう。

また、周辺にはいくつかの浜松城スポット(大手門跡など)もありますので、そちらも一緒に見学することをお勧めします。

浜松城(静岡県浜松市)|徳川家康公が17年間過ごした「出世城」
浜松城は静岡県浜松市にある城跡です。 元亀元年(1570年)、徳川家康公は岡崎城から本拠地を移して以降、天正14年(1586年)に本拠地を駿府城に移すまでの17年間に渡り、この浜松城を本拠地としていました。 今回は合計117枚に及ぶ写真を余すことなく掲載して、浜松城の魅力を大特集いたします。
『浜松城』の基本情報
名称浜松城
住所静岡県浜松市中区元城町100-2
電話番号053-453-3872(浜松城天守閣・天守門)
アクセスJR浜松駅より自転車で約10分
営業期間・時間8:30〜16:30(浜松城天守閣・天守門)
滞在時間1時間30分
関連サイト浜松城公園

次の目的地までの所要時間:約20分(自転車)

食事処『なか乃』

13:20頃 地元紙でも紹介された静岡大学・浜松キャンパス近くの食事処で昼食

浜松城周辺のおすすめスポット2『なか乃』

地元の情報誌で紹介されたこともある、洋食のお店です。

浜松駅周辺には飲食店も数多くありますので、そちらで食事するのも良いのですが、せっかくの旅行なので「地元で愛される味」を探し求めてみるのもお勧めの楽しみ方です。

浜松城(静岡県浜松市)|徳川家康公が17年間過ごした「出世城」
浜松城は静岡県浜松市にある城跡です。 元亀元年(1570年)、徳川家康公は岡崎城から本拠地を移して以降、天正14年(1586年)に本拠地を駿府城に移すまでの17年間に渡り、この浜松城を本拠地としていました。 今回は合計117枚に及ぶ写真を余すことなく掲載して、浜松城の魅力を大特集いたします。
『なか乃』の基本情報
名称なか乃
住所静岡県浜松市中区和地山1丁目2-5
電話番号053-472-2328
アクセスJR浜松駅より自転車で約17分
浜松駅から遠鉄バス「静岡大学」バス停下車徒歩約1分
営業期間・時間不明(調査不足で申し訳ない!)
滞在時間20分

次の目的地までの所要時間:約10分(自転車)

犀ヶ崖古戦場

13:50頃 「三方ヶ原の戦い」で惨敗した徳川勢が武田信玄に一矢報いた「犀ヶ崖の戦い」古戦場に到着

犀ヶ崖古戦場跡:史跡犀ヶ崖概観

「三方ヶ原の戦い」において、家康公は武田信玄に惨敗して浜松城まで敗走しました。

しかしその日の晩、勝利した武田勢が浜松城の北西約2km辺りにある犀ヶ崖(さいががけ)付近で夜営をしていたところ、徳川勢がこれを急襲しました。

この戦いが「犀ヶ崖の戦い」です。

今日でも、その急峻な崖の一部が残っており、上から見下ろすことができます。

犀ヶ崖古戦場(静岡県浜松市)|徳川家康公が武田信玄に一矢報いた合戦
犀ヶ崖古戦場は静岡県浜松市にある、古戦場です。 徳川家康公が武田信玄に野戦を挑むも惨敗し、浜松城まで逃げ帰った「三方ヶ原の戦い」。 その敗走の晩に、徳川勢が武田勢の夜営地を夜襲しました。 今でも、その急峻な崖に古戦場としての趣を感じることができます。
『犀ヶ崖古戦場』の基本情報
名称犀ヶ崖古戦場
住所静岡県浜松市中区鹿谷町25-10
電話番号053-472-8383(犀ヶ崖資料館)
アクセス浜松駅から遠鉄バス「さいが崖」バス停下車徒歩約1分
営業期間・時間犀ヶ崖古戦場:年中無休
犀ヶ崖資料館:9:00~17:00
滞在時間10分
関連サイト犀ヶ崖(さいががけ)資料館/浜松市

次の目的地までの所要時間:約0分(隣接)

本多肥後守忠真の碑

14:00頃 「三方ヶ原の戦い」で敗走する家康公を逃がすために討死した忠臣を讃える記念碑

『本多肥後守忠真の碑』概観

本多忠真は徳川家康公の家臣で、あの本多忠勝の叔父です。

「三方ヶ原の戦い」で家康公が敗走するその最中、忠真は徳川勢の殿しんがりの務めを名乗り出ます。

殿とは、撤退する軍勢の最後尾で、追撃に来る敵軍と交戦して足止めをして、味方の撤退を成功させる部隊のことです。

当然、味方の援護は一切なく、最初から味方のために全滅を覚悟して戦うというのが殿の役目です。

忠真は旗指物を道の左右に突き刺して、追撃に来た武田勢へ「ここから後ろへは一歩も引かぬ」と言い放ち、奮戦の末に討死を果たしました。

本多肥後守忠真の碑(静岡県浜松市)|「三方ヶ原の戦い」で家康公を守るために討死した忠臣
本多肥後守忠真の碑は、静岡県浜松市にある犀ヶ崖古戦場の一角にある石碑です。 本多忠真は徳川家康公の家臣で、あの本多忠勝の叔父です。 忠真は「三方ヶ原の戦い」において、家康公が武田信玄に敗れて浜松城へ逃げ帰る際に、殿(しんがり)を務めてこの地で討死を果たしました。
『本多肥後守忠真の碑』の基本情報
名称本多肥後守忠真の碑
住所静岡県浜松市中区鹿谷町25-10
アクセス犀ヶ崖古戦場の隣
営業期間・時間年中無休
滞在時間5分
関連サイト本多肥後守忠真の碑 | 静岡・浜松・伊豆情報局

次の目的地までの所要時間:約0分(道路の向かい側)

夏目次郎左衛門吉信の碑

14:05頃 明治の文豪・夏目漱石の先祖にして「三方ヶ原の戦い」で家康公を守り討死した忠臣の記念碑

夏目次郎左衛門吉信の碑(概観)

夏目吉信は、永禄6年(1563年)の「三河一向一揆」の時に捕らえられ、本来ならば処刑されるところでしたが、家康公の寛大な処置により助けられました。

その後、手柄を立てて家康公に尽くす吉信でしたが、「三方ヶ原の戦い」の退却時に、家康公の身代わりとして武田勢の前に立ちはだかり、討死しました。

ちなみに、吉信は明治の文豪・夏目漱石のご先祖様です。

夏目次郎左衛門吉信の碑(静岡県浜松市)|「三方ヶ原の戦い」で家康公への恩を返して討死した忠臣
夏目次郎左衛門吉信の碑は、静岡県浜松市にある犀ヶ崖古戦場の向かいにある記念碑です。 夏目吉信は徳川家康公の家臣でしたが、三河一向一揆の際には他の家臣らと共に離反して家康公に刃を向けました。 しかし捕縛された際、家康公の寛大な処置により許されます。 この時の恩義を忘れなかった吉信は、後年「三方ヶ原の戦い」において、家康公が武田信玄に敗れて浜松城へ逃げ帰る際に、家康公の身代わりとなって武田勢と戦い、犀ヶ崖の近くで討死を果たしました。
『夏目次郎左衛門吉信の碑』の基本情報
名称夏目次郎左衛門吉信の碑
住所 静岡県浜松市中区布橋2丁目13
アクセス犀ヶ崖古戦場の向かい側
営業期間・時間年中無休
滞在時間5分
関連サイト本多肥後守忠真の碑 | 静岡・浜松・伊豆情報局

次の目的地までの所要時間:約10分(自転車)

広沢山普済寺

14:20頃 「三方ヶ原の戦い」後の反撃「犀ヶ崖の戦い」に際して燃やされた寺院

広沢山普済寺・山門(近景)

普済寺は、正長元年(1427年)に華蔵義曇(けぞうぎどん)和尚が、現在の浜松市中区寺島町に随縁寺を建立しました。

その後、永享4年(1432年)に現在の場所へ移されるとともに、広沢山普済寺と号するようになります。

元亀3年12月22日(1573年1月25日)の「三方ヶ原の戦い」にて惨敗したその日の晩、家康公は浜松城の北西約2km辺りにある犀ヶ崖(さいががけ)で夜営中の武田勢に対して、反撃の夜襲を仕掛けます犀ヶ崖の戦い

その折、浜松城が炎上しているように見せかけて武田勢を油断させるために、家康公は普済寺を焼き払いました。

現在、井伊三人衆の一人・気賀近藤氏の金指陣屋門を移築した山門、江戸時代初期に建立された朱塗りの総門、江戸時代中期頃に作られた石橋(静岡県内最古の石橋)が現存しています。

広沢山普済寺(静岡県浜松市)|「三方ヶ原の戦い」で家康公が焼いた寺
広沢山普済寺は、静岡県浜松市にある曹洞宗のお寺です。 「三方ヶ原の戦い」で武田信玄に敗れた徳川家康公は、命からがら浜松城に逃げ帰りました。 その晩、家康公は普済寺を焼いて「浜松城が燃えている」と武田勢に思わせ、油断させました。 その直後、犀ヶ崖付近で夜営していた武田勢に対して、大久保忠世らが率いる徳川勢が夜襲をしかけます。 結果、武田勢に痛手を負わせることに成功し、家康公は信玄に一矢報いました。
『広沢山普済寺』の基本情報
名称広沢山普済寺
住所静岡県浜松市中区広沢1丁目2-1
電話番号053-452-1541
アクセスJR浜松駅より自転車で約10分
浜松駅から遠鉄バス「鹿谷町南」バス停下車徒歩約4分
営業期間・時間年中無休(寺務所は不明)
滞在時間15分
関連サイト普済寺 | 浜松情報BOOK

次の目的地までの所要時間:約5分(自転車)

西来院・月窟廟

14:40頃 徳川家康公の正室・築山殿(瀬名姫)の霊廟「月窟廟(げっくつびょう)」があるお寺に到着

西来院・月窟廟(入口)

西来院には徳川家康公の正室・築山殿(瀬名姫)の霊廟「月窟廟(げっくつびょう)」があります。

築山殿は近年だと、大河ドラマ『おんな城主直虎』にて菜々緒さんが演じて話題になりました。

その生涯は「後に天下人となる人の妻」とは思えない、悲劇的なものでした。

境内には他にも、家康公の異父弟・松平康俊の墓所もあります。

西来院(静岡県浜松市)|徳川家康公の妻・築山殿(瀬名姫)の墓所
西来院は、静岡県浜松市にある曹洞宗のお寺です。 西来院には徳川家康公の正室・築山殿(瀬名姫)の霊廟「月窟廟」があります。 築山殿は近年だと、大河ドラマ『おんな城主直虎』にて菜々緒さんが演じて話題になりました。
『西来院・月窟廟』の基本情報
名称西来院・月窟廟
住所静岡県浜松市中区広沢2丁目10-1
電話番号053-452-7584
アクセスJR浜松駅より自転車で約12分
浜松駅から遠鉄バス「広沢一丁目」バス停下車徒歩約5分
営業期間・時間9:00~15:00
滞在時間15分
関連サイト西来院 | 浜松情報BOOK

次の目的地までの所要時間:約5分(自転車)

宗源院

15:00頃 「三方ヶ原の戦い」で討死した家康公の忠臣たちが眠るお寺に到着

宗源院・山門

宗源院には、徳川家康公の忠臣で「三方ヶ原の戦い」にて討死した成瀬正義の墓所があります。

また、同じく「三方ヶ原の戦い」にて徳川勢の旗手を務め、その撤退戦の最中に討死した外山正重の墓所や、同じく討死した遠藤右近の墓所もあります。

また、宗源院の東南一帯にはかつて的場があり、家康公がここで弓の稽古に励んだそうです。

宗源院(静岡県浜松市)|「三方ヶ原の戦い」で討死した成瀬正義らが眠る寺
宗源院は、静岡県浜松市にある曹洞宗のお寺です。 宗源院には、徳川家康公の忠臣で「三方ヶ原の戦い」にて討死した成瀬正義の墓所があります。 また、同じく「三方ヶ原の戦い」にて徳川勢の旗手を務め、その撤退戦の最中に討死した外山正重の墓所もあります。
『宗源院』の基本情報
名称宗源院
住所静岡県浜松市中区蜆塚1丁目20-1
電話番号053-452-4443
アクセスJR浜松駅より自転車で約13分
浜松駅から遠鉄バス「広沢小学校」バス停下車徒歩約5分
営業期間・時間年中無休(寺務所は不明)
滞在時間10分
関連サイト宗源院 | 浜松情報BOOK

次の目的地までの所要時間:約15分(自転車)

太刀洗の池跡

15:25頃 太刀洗の池は工事中のため見学できません……無念!

太刀洗の池・工事中の案内看板

太刀洗の池跡は、徳川家康公の正室・築山殿(瀬名姫)を斬首した刀を、池の水で洗ったと伝わる跡地です。

築山殿は野中重政に斬首され、享年38歳でこの世を去りました。

その折、重正は刀に付いた血をこの地にあった池の水で洗い流したため、大刀洗の池と呼ばれるようになったそうです。

ですが……何と、筆者が訪れた時には工事が行われており、記念碑はおろか案内看板の類すら何一つ見物できるものはありませんでした

訪れる際は、ぜひ事前にリサーチしてから向かって下さい(自転車でも往復30~40分くらい無駄したので)。

太刀洗の池跡(静岡県浜松市)|家康公正室・築山殿(瀬名姫)を斬首した刀を洗った池
太刀洗の池跡は、徳川家康公の正室・築山殿(瀬名姫)を斬首した刀を、池の水で洗ったと伝わる跡地です。 織田信長による「信康切腹事件」の際に、築山殿は徳川家家臣の岡本時仲と野中重政に自害を迫られますが、これを拒みました。 結果、築山殿は重政に斬首され、享年38歳でこの世を去りました。 その折、重正は刀に付いた血をこの地にあった池の水で洗い流したため、大刀洗の池と呼ばれるようになったそうです。
『太刀洗の池跡』の基本情報
名称太刀洗の池跡
住所静岡県浜松市中区佐鳴台5丁目6-1
電話番号なし
アクセスJR浜松駅より自転車で約18分
浜松駅から遠鉄バス「医療センター」バス停下車すぐ
営業期間・時間年中無休(ただし工事期間に注意)
滞在時間5分間
関連サイト太刀洗の池 | 浜松情報BOOK

次の目的地までの所要時間:約20分(自転車)

レンタサイクル『はままつペダル』

15:50頃 レンタサイクルを返却

電動レンタサイクル(はままつペダル)

浜松の旅を共にした相棒に感謝!

ありがとう電動自転車。

次の目的地までの所要時間:約2分(徒歩)

JR浜松駅・北口バスターミナル

15:55頃 JR浜松駅の北口バスターミナルからバスで「三方ヶ原の戦い」の舞台へ向かう

静岡駅(概観)

JR浜松駅・北口バスターミナルで遠鉄バスに乗ります。

「三方ヶ原古戦場」には15番乗り場から遠鉄バスに乗り、バス停『三方原墓園』で下車します。

遠鉄バスは「43:引佐線」「44:渋川線」「45:奥山線」辺りだと『三方原墓園』を通りますが、筆者は「44:渋川線」で向かいました。

滞在時間:バスの時刻次第

次の目的地までの所要時間:約45分(遠鉄バス乗車時間)

三方ヶ原古戦場

16:40頃 家康公・生涯で唯一惨敗した合戦「三方ヶ原の戦い」に思いを馳せる

三方ヶ原古戦場跡

元亀3年(1572)12月22日、徳川家康公率いる徳川勢8,000(+増援の織田勢3,000)と、武田信玄率いる武田勢28,000が、家康公の居城・浜松城の北に広がる三方ヶ原台地にて激突しました。

これが「三方ヶ原の戦い」です。

結果は徳川勢の大敗で終わり、家康公も命からがら浜松城まで退却しました。

後の家康公を形作った重要な負け戦が行われた舞台に、今日では記念碑が建てられています。

三方ヶ原古戦場(静岡県浜松市)|徳川家康公の生涯唯一の惨敗「三方ヶ原の戦い」
三方ヶ原古戦場は、若き日の徳川家康公が軍神・武田信玄に真正面から野戦合戦を仕掛け、生涯唯一の惨敗を喫した「三方ヶ原の戦い」が行われた古戦場跡です。 元亀3年(1572)12月22日、家康公の居城・浜松城の北に広がる三方ヶ原台地にて、徳川・武田両軍が激突しました。 この敗北が、後の家康公を作り上げていく大きなターニングポイントとなりました。
『三方ヶ原古戦場』の基本情報
名称三方ヶ原古戦場
住所静岡県浜松市北区根洗町1109(三方原墓園内)
電話番号0172-85-2855
アクセス浜松駅から遠鉄バス「三方原墓園」バス停下車徒歩すぐ
営業期間・時間年中無休
平均滞在時間10分間(バスの時刻に注意)
関連サイト三方ヶ原古戦場碑/浜松市

次の目的地までの所要時間:約45分(遠鉄バス)

JR浜松駅周辺・ビジネスホテル

18:10頃 JR浜松駅・北口バスターミナルに到着

18:15頃 JR浜松駅周辺のビジネスホテルにチェックイン

EN HOTEL(浜松駅前のビジネスホテル)

日帰り旅行の場合は、浜松駅近くの飲食店で夕食を楽しんでから新幹線で帰宅するというスケジュールになります。

ですが今回、筆者は翌日に三河国・岡崎まで足を延ばす計画でしたので、JR浜松駅・南口から徒歩2分という駅近ビジネスホテル『EN HOTEL Hamamatsu(エンホテル浜松)』に宿泊しました。

内装は綺麗で、宿泊した部屋の窓からは浜松駅のホームが見えるという、快適なビジホでした(オススメです)。

なお、今回の旅行は令和2年冬に行きましたが、日本旅行の『赤い風船・じゃらんパック』を利用した所、品川駅~浜松駅の往復新幹線(こだま号)と宿泊費を合わせて16,000円でした。

新幹線+en hotel hamamatsu プラン検索はこちら

『EN HOTEL Hamamatsu(エンホテル浜松)』の基本情報
名称EN HOTEL Hamamatsu(エンホテル浜松)
住所静岡県浜松市中区砂山町324-15
電話番号053-457-0505
アクセスJR浜松駅・南口から徒歩2分
営業期間・時間チェックイン:午後3:00
チェックアウト:午前10:00
滞在時間1泊
関連サイト【公式】EN HOTEL Hamamatsu

次の目的地までの所要時間:約5分(徒歩)

居酒屋『遠州男唄 濱松たんと 浜松駅南口店』

18:35頃 JR浜松駅前の居酒屋に入店

濱松たんと浜松駅南口店(概観)

まずはキンキンに冷えたおビール様と、お通しです。

このお店では、最初の1杯を飲む時に、乾杯の掛け声の代わりに「やらまいか!」「おいしょお!」と客と店員さんで盛り上がるルールがあります。

郷に入っては郷に従えと言いますので、ぜひ楽しんでください。

濱松たんと浜松駅南口店(ビールとお通し)

ファーストオーダーは、王道メニューの浜松名物・浜松餃子ホルモン焼き

浜松餃子とビールは最高の組み合わせです。

ホルモン焼きも、こってりとした味付けでビールとの相性良し。

濱松たんと浜松駅南口店(濱松ホルモンと餃子)

お次は、遠州のかつおを厚切りの刺身で。

鮮度が良いので全く臭みがなく、大変美味で地酒にも合います。

濱松たんと浜松駅南口店(カツオと地酒)

最後は遠州のB級グルメ・遠州焼き

お好み焼きっぽい見た目ですが、具には刻んだ沢庵たくあんが入っており、味付けは醤油ベースに鰹節という料理です。

これがまた、沢庵がとても良い仕事をしていて、触感といい味といい、絶妙な居酒屋メシです。

濱松たんと浜松駅南口店(遠州焼き)

これだけ楽しんでも税込4,433円と、お値段も手ごろなお店です。

浜松旅行の夜は、ぜひ地元の料理と地酒で晩酌を楽しんでみてはいかがでしょうか。

『遠州男唄 濱松たんと 浜松駅南口店』の基本情報
名称遠州男唄 濱松たんと 浜松駅南口店
住所静岡県浜松市中区砂山町325-4 ザ・ゲンズ・ホテル1階
電話番号053-458-0777
アクセスJR浜松駅南口から徒歩1分
営業期間・時間15:00~
滞在時間60分間
関連サイト浜松市の居酒屋 遠州男唄 濱松たんと

次の目的地までの所要時間:約5分(徒歩)

おつかれさまでした!

19:35頃 以降は自由時間

※筆者は翌朝、岡崎に向かうため早めに就寝しました。

感想・コメント

改めて振り返ってみると、休む間一切なしのハードスケジュールでした。

しかし、浜松の家康公ゆかりの地巡りとしては、かなり満足度の高いツアープランだと思います。

2023年の大河ドラマは元嵐・松本潤さん主演の『どうする家康』に決定しましたので、今後ますます盛り上がりを見せるのではないでしょうか。

家康公にとって、浜松で過ごした17年間は大イベントが次々と訪れる重要な時期でもあります。

その時々をどうして乗り越えたのか、思いを馳せながら旅してみるのも楽しいと思いました。

※本記事の情報は令和2年12月頃に浜松旅行を行なった当時の情報に基づくものです。ご旅行の際は、最新の情報をお調べの上、楽しい旅にしてください。

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