日本国憲法草案審議の地|吉田茂らが審議した日本国憲法発祥地の史跡

日本国憲法草案審議の地(日本国憲法発祥地の記念碑)日本史|史跡巡り

日本国憲法草案審議の地とは、日本国政府と連合国軍総司令部の間で日本国憲法の草案審議が行われた史跡の事です。東京都港区六本木1丁目8-4に記念碑が設置されています。

昭和21年(1946年)2月、日本側は外務大臣吉田茂と法務大臣松本烝治が、総司令部側代表は民生局長ホイットニー准将と民生局次長ケーティス大佐が、同地にて日本国憲法の草案を審議しました。

この地には原田穂善会の本部があり、戦後に外務大臣官邸として使用されていました。

順路

東京メトロ南北線「六本木一丁目駅」下車、徒歩約5分程度で着きます。

中央改札を出て右折し、そのまま直進すると左手に赤い案内看板が設置されています。

そのままエスカレーターで直進して、六本木一丁目駅2番出口から地上に出ます。

六本木1丁目駅2番出口を出て、反対方向に都道415号(麻布通り)を進みます。
緩やかな坂道を登る方向に進みます。

最初の交差点を左折します(サウジアラビア大使館のある方向)。

道路右手側にあるサウジアラビア大使館の左隣に、六本木麻布台ビルがあります。

このビルの歩道から向かって右側の端に、ひっそりと記念碑が設置されております。

日本国憲法草案審議の地

『日本国憲法草案審議の地』には記念碑が設置されております。

日本国憲法草案審議の地(日本国憲法発祥地の記念碑)正面から

日本国憲法草案審議の地(日本国憲法発祥地の記念碑)右側から

『日本国憲法草案審議の地』碑文には、以下の通り記されております。

日本国憲法草案審議の地(日本国憲法発祥地の記念碑)碑文

『日本国憲法草案審議の地』

この地は、昭和二十一年(一九四六年)二月、連合国軍総司令部と、日本国政府との間で、日本国憲法草案について審議された跡地である。
この地には(財)原田穂善会の本部があり、戦後は外務大臣官邸として使用されていた。当事者は総司令部側代表としては、民政局長ホイットニー准将、民政局次長ケーディス大佐の両名で、日本側は、当時の外務大臣吉田茂と法務大臣松本烝治であった。

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他の憲法発祥関連史跡

今回訪れたのは「日本国憲法」の発祥にまつわる史跡でしたが、その前身となる「大日本帝国憲法(明治憲法)」の発祥にまつわる史跡は以下の記事にまとめてあります。

『明治憲法起草の碑』金沢八景・東屋旅館跡

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明治憲法起草の碑とは、明治憲法の草案づくりが行われた地として、神奈川県横浜市金沢区洲崎町7-4に設置された記念碑の事です。明治20年(1887年)より、初代内閣総理大臣の伊藤博文を中心に、井上毅、伊東巳代治、金子堅太郎の4名が、当時この地にあった「東屋旅館」に集まり明治憲法の骨格が練られました。

『明治憲法起草地記念碑』夏島(伊藤博文別荘跡)

明治憲法起草地記念碑|伊藤博文らが起草した大日本帝国憲法発祥地
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