江戸時代

徳川家康公関連

徳川家康像(静岡市葵区)|駿府城公園の徳川家康公銅像とお手植えミカン

徳川家康公の像は各地にありますが、本銅像は家康公が晩年を過ごした駿府城の跡地に建てられた銅像です。 現在は駿府城公園の一角にあります。 駿府城は徳川家康公によって天正13年(1585年)に築城され、翌天正14年(1586年)に本丸御殿が完成し家康公が移りました。
徳川家康公関連

史跡徳川将軍小杉御殿跡|徳川家康公も利用した中原街道筋の御殿

史跡徳川将軍小杉御殿跡は、かつて小杉御殿のあった跡地のことであり、現在は神奈川県川崎市中原区小杉御殿町1丁目の中原街道沿いにその記念碑が建立されております。 中原街道はまだ東海道が整備される前の時代、徳川家康公が江戸ご入府や鷹狩りなどに利用し、小杉御殿も利用しておりました。
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二ツ橋地名由来の碑|徳川家康公の詠んだ和歌が地名の由来となった場所

二ツ橋地名由来の碑とは、神奈川県横浜市瀬谷区瀬谷1丁目27にある、地名の由来を示した記念碑です。 二ツ橋という地名の由来は、徳川家康公が慶長18年(1612年)に詠んだ和歌によるものだそうです。 場所は横浜市瀬谷で、現在は中原街道と厚木街道の交差点となっております。
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上野東照宮|徳川家康公を祀る黄金の東照宮

上野東照宮は寛永4年(1627年)に藤堂高虎が、当時上野にあった自身の敷地内に創建したのが発祥です。 その後、慶安4年(1651年)に家康公の孫である三代将軍・徳川家光が改築したものが、現在まで残る社殿となっております。 近年は、期間限定で夜間ライトアップも行われております。
日本史|史跡巡り

頭殿権現社|太田道灌が勧請し伊奈忠次が営繕した伊奈氏屋敷跡の権現社

頭殿権現社は長禄年間(1457〜1460)に太田道灌が勧請し、天正19年(1591)に伊奈忠次が陣屋に入った後に営繕したと言われています。 なお、伊奈氏屋敷跡は平成29年より「忠次プロジェクト」の一環として、町道が散策路として整備されたとの事です。
徳川家康公関連

船橋御殿跡東照宮|徳川家康公ゆかりの史跡「日本一小さい東照宮」

船橋御殿跡東照宮は、千葉県船橋市本町4丁目29-7にある船橋御殿の跡地に建つ東照宮です。 船橋御殿は徳川家康公によって、鷹狩や領内視察などの宿泊や休憩所として慶長19年(1614)頃に建てられたと推定されています。 その跡地に建つ船橋御殿跡東照宮は「日本一小さい東照宮」だそうです。
徳川家康公関連

武蔵国府跡(国司館地区)史跡広場|徳川家康公の棺が逗留した府中御殿跡

「国史跡 武蔵国府跡(国司館地区)史跡広場」は、平成30年11月25日に「国司館と家康御殿史跡広場」としてオープンした史跡です。 この史跡は、飛鳥時代〜奈良時代の初め頃(7世紀末〜8世紀初頭)に武蔵国府の国司館(こくしのたち)があった跡地です。 また、徳川家康公により天正18年(1590年)に建てられ、その後、正保3年(1646年)に焼失した「府中御殿」の跡地でもあります。
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伊奈氏屋敷跡|徳川家康公家臣「利根川を曲げた男」伊奈忠次の屋敷跡

伊奈氏屋敷跡は埼玉県北足立郡伊奈町大字小室217-5にある、関東郡代・伊奈忠次が天正19年(1591)に築いた陣屋跡です。 なお、伊奈氏陣屋跡は平成29年より「忠次プロジェクト」の一環として、町道が散策路として整備されたとの事です。
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家康ゆかりの茶堂(観音堂)埼玉県さいたま市大宮区

家康ゆかりの茶堂(観音堂)は、埼玉県さいたま市大宮区三橋2丁目にある千手観音像を祀る観音堂です。 この観音堂前の道を徳川家康公が通った際、里人から渋茶を振る舞われて喜んだ家康公が茶堂と名付けたそうです。 JR大宮駅から西武バスに乗り、バス停「三橋二丁目」で下車すると目の前です。
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