江戸時代

日本史|史跡巡り

杉山社(杉山神社)川崎市多摩区|家康公の謀臣・本多正信ゆかりの神社

今回は、地域にある神社が実は、徳川家康公の謀臣・本多佐渡守正信ゆかりの神社でしたというブログです。 正信は唯一、家康公の寝所に帯刀したまま入室することを許されていた程、家康公から絶大な信頼を受けていた名参謀です。 実は筆者が家康公の次に好きな偉人は、この本多正信です。
日本史|雑記

武士の髪型|なぜ武士はちょんまげ(丁髷)に月代(さかやき)なのか?

絶賛放送中の大河ドラマ『麒麟がくる』でも、登場する武士の髪型がいわゆるちょんまげ(髷)と月代という髪型の武将が多く見られます。 月代とは、前頭部から頭頂部にかけての範囲の頭髪を剃った髪型のことです。 また、ちょんまげ(髷)とは、月代で剃った残りの頭髪を結った髪型のことです。 なぜ、武士はこのような独特な髪型にしていたのでしょうか。
徳川家康公関連

東明寺(神奈川県川崎市)|徳川家康公が名付けた寺

攝取山浄土院東明寺は神奈川県川崎市幸区塚越2-118にある、浄土宗のお寺です。 東明寺という名前は、中原街道沿いにある西明寺にて徳川家康公が名付けました。
江戸時代の料理再現

江戸時代の料理再現|真の八杯豆腐 江戸時代の料理本『豆腐百珍』

今回は、江戸時代にベストセラーとなった料理本『豆腐百珍』に書かれている豆腐料理「真の八杯豆腐」の再現に挑戦しました。 材料も調理工程も至ってシンプルなものとなっています。 なお、調理に際しては参考文献を下地としております。
徳川家康公関連

二ヶ領用水|徳川家康公が小泉次大夫に作らせた神奈川県最古の用水路

二ヶ領用水とは、徳川家康公が小泉次大夫に命じて作らせた用水路であり、主に現在の神奈川県川崎市を縦断するように流れている神奈川県最古の人工用水路です。 慶長4年(1599年)に普請が始まり、慶長16年(1611年)に竣工した12年に及ぶ難工事でした。 二ヶ領用水という名前の由来は、江戸時代2つの領(稲毛領と川崎領)に流れていた事に由来します。
徳川家康公関連

徳川家康像(静岡市葵区)|駿府城公園の徳川家康公銅像とお手植えミカン

徳川家康公の像は各地にありますが、本銅像は家康公が晩年を過ごした駿府城の跡地に建てられた銅像です。 現在は駿府城公園の一角にあります。 駿府城は徳川家康公によって天正13年(1585年)に築城され、翌天正14年(1586年)に本丸御殿が完成し家康公が移りました。
徳川家康公関連

史跡徳川将軍小杉御殿跡|徳川家康公も利用した中原街道筋の御殿

史跡徳川将軍小杉御殿跡は、かつて小杉御殿のあった跡地のことであり、現在は神奈川県川崎市中原区小杉御殿町1丁目の中原街道沿いにその記念碑が建立されております。 中原街道はまだ東海道が整備される前の時代、徳川家康公が江戸ご入府や鷹狩りなどに利用し、小杉御殿も利用しておりました。
徳川家康公関連

二ツ橋地名由来の碑|徳川家康公の詠んだ和歌が地名の由来となった場所

二ツ橋地名由来の碑とは、神奈川県横浜市瀬谷区瀬谷1丁目27にある、地名の由来を示した記念碑です。 二ツ橋という地名の由来は、徳川家康公が慶長18年(1612年)に詠んだ和歌によるものだそうです。 場所は横浜市瀬谷で、現在は中原街道と厚木街道の交差点となっております。
徳川家康公関連

上野東照宮|徳川家康公を祀る黄金の東照宮

上野東照宮は寛永4年(1627年)に藤堂高虎が、当時上野にあった自身の敷地内に創建したのが発祥です。 その後、慶安4年(1651年)に家康公の孫である三代将軍・徳川家光が改築したものが、現在まで残る社殿となっております。 近年は、期間限定で夜間ライトアップも行われております。
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